事故、事件、ワイロ要求への備え

このサイトでは、海外ロングステイの負の側面も隠さず見つめていきたいと思います。

私の情報量は、
マレーシア>バリ島>タイ
の順に大きな偏りが有ります。
現在現役で日本に滞在中で、実体験はほとんど無い中でのリスク管理として、
考えた事を書いてみます。

ご経験者からのコメントを歓迎致します。宜しくお願いします。

もし、交通事故に遭ったら、或いは盗難にあって警察に届け出て証明書を発行してもらう必要が発生したら。

こういう場面では、英語が公用語のマレーシア(特にマレーシアの都会)が、英語ができる人には有利だと思いました。
もちろん、そのような場面を乗り切れる位現地の言葉を習得しているのは、一つの理想形だと思います。私の場合は、そこ迄到達する程、1つの国に入れ込むイメージは持っていません。

警察と言えば、警察官がワイロを要求する話は、これらの国々では普通の出来事のようですよね。
そういう話をケシカランとか日本での常識で判断するのは、私は不適切と思っていて、現地のルールの中で自分はどう振る舞うか?郷に入れば郷に従え。だと思います。
タイ、インドネシアでは、入国管理局の職員でもワイロ要求が有るとか、ネットの書き込みで見かけます。
要求する側からすると、現地人からみた我々は金を持っていて、要求するにはいい相手。狙われやすい立場かと。
バリ島で、ワイロを払ってパスポートに不正に出入国のスタンプを得て長期滞在していた人が、有る時、それらの過去の不正を見逃すから、更に多額のワイロを払えと要求されたと。まあ、この場合は、きっかけに自分の後ろめたい行為がありますが。何らかの言いがかりをつけてワイロを要求される事は想定すべきと思いました。

現地の官に対して、自分の権利を守るにはどうしたら良いのか?少額のワイロで済むなら構いませんが、身柄拘束されるような事になった場合にどうするか?拘束されたら大使館に支援を求めるとしても、それを未然に防ぐ動き方は?

交通事故のような民事上の損害賠償について、自分の権利を守るにはどうしたら良いのか?(現地の常識としては、まず賠償してもらえないから自分の保険で補償できるようにするって観点も有りますね)

こういう時、自らその場でどう動くか。
更に通訳や、法的な専門家として頼める相手の確保。それも信頼できる相手。いい加減だったり、更には騙されたら最悪ですよね。
だって、自分の分からない現地語の書面に同意したりするのではないでしょうか?(対訳した書面への署名でいいのか? この辺は未調査です)

日本大使館や領事館は、どこまで対応してもらえるのか?頼むべき場面では、利用すべきでしょうが。過度な期待は禁物かと。

短期間の旅行なら、ここまで考えませんが。
長期の滞在となると、当然有償でしょうが、この手の支援をしてくれる先の確保が必要と考えてます。
企業人の滞在なら、企業側がある程度見てくれたりすれば、自ら気にしなくて良い事項なのでしょう。企業と現地機関との関係も使えるかもしれません。
一方、個人の海外滞在では、まさに自己責任。

なんて考えたのですが。実際の所どうなのでしょう?

海外ロングステイを経験している皆さんのご意見を是非お聞きしたいです。

dabo_gcさんより、コメントを頂いております。是非ご覧下さい。

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「事故、事件、ワイロ要求への備え」への2件のフィードバック

  1. 私はマレーシアではなくオーストラリア在住ですが、マレーシアではポリスレポートが必要になった場合、もちろん英語が出来れば良いですが、英語がまともに通じないこともあるようで、マレー語が出来たほうが良いと聞いたことがあります。

    それと賄賂の話で感じたことですが、海外に出る前に様々なことを「想定」するのは素晴らしいと思います。ただ、ここで重要な事は「海外では価値観そのものが違う」ってことなんですね。ですから「賄賂を賄賂と考えると的はずれ」になるかもしれないという発想が大事だと思います。

    つまり「賄賂」ではなくて「潤滑油」かもしれない。これは中国もそうですよね。賄賂の話がよく出ますが、あれは「そういう習慣」が背景にありますし、日本で中国人が運転免許証を取るときに1万円を試験官に差し出して逮捕された事件がニュースになりましたが、捕まった中国人は「なんで?」と思っているかもしれません。そういう習慣は韓国にもあるとのこと。

    つまり、賄賂を出すとか出さないとかではなくて、いかにスマートに効果的な「心づけ」あるいは「チップ」を渡すか?というアプローチのほうがうまく行くと思います。

    日本にいながら「海外を想像する」ことの難しさがここにあります。そもそも「善悪の基準さえ違う」のが海外で、また海外に出たのに何年たっても「日本の価値観」から離れられず、つまり「現地を理解することをせず」ずーっと苦労と不満が続くのはよく言われることですが、その通りだと思います。

    それと言葉が不自由であれば、通訳なり代理人がいないとどうにもなりませんが、それは有償無償に限らず自分の責任において手配するべきで、「どう手配するか」も自分で考えないとならず、基本的には領事館もノータッチだと思ったほうが良いと思います。

    また「この人なら」という人を選び、有償で頼んだとしても思いもしないことが起きるのが日常茶飯事。これをその人のせいにする人が結構いるんですが、それも間違いで、「全ての問題の根本は自分にある」と考えないとやっていけないと思います。

    「有償」なら「やるべきことはやる」「約束は守る」とか、これさえも「日本独特の習慣」でしかないと思ったほうが良いと思います。ここぞという時に法外な料金をふっかけられることもあるかもしれませんが、それとて、自分にできないことをやってもらうのだからしょうがないという発想が大事なのでしょう。

    現地の言葉ができない場合、きっと思った以上に問題が起きる可能性があると考えたほうが良いかもしれません。もし自分が日本で日本語がまるでわからなかったらどうであるか、それを想像するのも良いと思います。日本なら面倒見の良い人がいるかもしれませんが、海外には「日本人みたいなお人好しはいない」。

    言葉ができないということは、小さな子どもと同じってことで、最初は面倒を見てくれる周囲の善意ある人達もいつかは離れていくと思います。

    ですから日本人は日本人同士で固まる傾向が強いのでしょうが、多くは排他的な日本人村になることが多く、その中では誹謗中傷が横行し、あるいは親分子分の様な序列も出来、仲間はずれしろ、追い出せだの、リンチみたいなバカなことが起きるのもよくある話です。

    不安があるからこそ異常なほどの強い結びつきになり、そして異常なことも起きるんですね。不安が理由で集まった集団はそんなもんだろうと思いますが。でも「表面的」には「みんなで助けあいましょう」と美しく見えるから難しいく、ややこしくなります。

  2. dabo_gcさん
    コメントありがとうございます!
    いつもブログをとても興味深く共感しつつ、拝見致しております。

    今回は、共感する話題を沢山頂きまして、最にありがとうございました!

    せっかく話題を沢山頂いたので、個別の話題について、次の投稿を書かせて頂こうと思います。

    今後もよろしくお願いします!

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